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 石原慎太郎さんが亡くなりました。享年89歳。社会的なブームを巻き起こしたベストセラー作家、東宝で映画監督、参議院トップ当選、衆議院、都知事敗退、環境庁長官、運輸大臣、自民党総裁選敗退、高らかに宣言して政治家引退したにもかかわらず東京都知事に転じ4期14年、再び国政に転じ太陽の党党首、政界再編を試みるも果たせず政治家引退、晩年は「生涯作家」と宣言しつつ最期を迎えました。一人の人間が辿ったと信じがたいキャリアチェンジ、しかもいいとこ取り。スポーツにも長けており、高校大学時代はサッカーのレギュラー選手、ヨットではチームを組んで世界的な大会に挑戦、スキューバ、テニスも趣味とされたようです。

 

 都知事としては東京オリンピック誘致、銀行への外形課税、ディーゼル車の排ガス規制など多くの成果が挙げられます。多少ムチャな政策を掲げても「慎太郎だから仕方ない」で通ってしまう感じです。右派政治家、ある意味思想家としての石原さんは賛否あるでしょう。1973年にはタカ派議員の集まり青嵐会を結成、1989年代にはアメリカに対して「NOと言える日本」を出版。中国を差別用語「志那」と呼び続け、2012年東京都の尖閣諸島購入計画に引きずられて政府が国有化、中国では大規模な日本ボイコットが起き現在も両国関係に大きな影を落としています。

 

 私が石原さんの作品に接して感じたのは、激しいエネルギーです。自らの政治半生を回顧した「国家なる幻影」では自分が総理大臣になれぬ怒りに満ち溢れ、石原裕次郎との交流を描いた「弟」では深い愛情、「老いてこそ人生」の力の誇示、田中角栄を取り上げた「天才」 では仇敵に対する洞察・理解。

 

 視点を変えると、1932年生まれというのも輝けた要因だと思います。戦争に行かずに済み、上の世代は戦争で大幅に減少し世に出やすかった。どん底からは戦後の大復興、世界の頂点に立ったバブルと日本の一番良い時代にリンクしています。当時の政治・文化、一番美味しい部分を味わい尽くし「時代の寵児」であり続けた生涯ではないでしょうか。もちろんそれは本人の才能・熱量・行動・ルックスがあったればこそ。2000年頃佐野眞一さんが「てっぺん野郎」という評伝を書いていましたが、さもありなん。遺言には「葬式不要、戒名不要。我が骨は必ず海に散らせ」と記されているそうで、死に際もスタイリッシュだなあ。私の場合であれば「我が骨は必ず太陽に散らせ」といったところでしょうか(笑)